「学び合いの会-海外ニュース」 289号
教皇制度の政治モデル
トーマス・リース 2014.8.29 NCR(ナショナル・カトリック・リポーター誌)
イエズス会士のトーマス・リース師はNCR誌の上級解説者で、「バチカンの
内幕-カトリック教会の政策と組織-」の著者でもある。
教会統治について語るとき、現状維持派は「教会は民主主義組織ではない」とよく言う。
これには、教会が俗世間の政治から学ぶことは何もないという裏の意味がある。
しかし、実のところ教会は、ほぼその始まりの時から、統治構造を市民社会から借りてきているのだ。事実、初期の教会では、ローマの司教を含む司教たちが民衆によって選出されたことが知られている。その後もローマでは、枢機卿団*の創設に先立ち、教皇の選出にローマの元老院が関わったこともあった。
*訳注:College of cardinals: ローマ法王に助言を与え、新しいローマ教皇を選出する枢機卿の団体(the body of cardinals who advise to Pope and elect new Popes)
当然のことながら枢機卿たちは何世紀もの間、自分たちはローマ元老院の後継者であると考えていた。そして、1983年に教会法が改正されるまで、枢機卿団は教会法上の「元老院」と見なされていた。枢機卿の力が強くなりすぎたため、その承認がなければ教皇は何もできない時代もあった。
教会用語に多く使われているギリシャ語やラテン語は、その語源が政治的由来を持つことを示している。「教会」と訳されるギリシャ語「Ecclesia」は、「集会」すなわち、公の場での人々の集まりを指す一般的な用語であった。また「教区(Diocese)」は、ローマ帝国の地域分割の単位であった。「ローマ教皇庁(Curia)」は、ローマ元老院、あるいはその議員が集まる場所を指した。「教皇庁の決定機関(Dicastery)」は(ギリシャの)法廷、あるいは裁判所であった。
歴史的に見ると、教会は市民社会の変化に呼応してその統治構造を変化させていた。そして13世紀までに、バチカンは使徒的省庁Apostolic Chancelleryを持つようになった。それは、ヨーロッパ諸国の省庁に相当するものであった。その省庁は、勅書や勅令を管理するだけでなく、司教や大修道院長の任命まで扱うようになった。
ヨハネ22世(1316-1344)は、教皇になる前はフランス王の秘書官であった。彼はその専門知識を駆使して、教皇の仕事を処理するための書記の仕事をする省庁chancelleryを組織化した。
後年の教皇制度では、Apostolic Datary(掌爾院)*が重要な機関となった。ここが全ての文書にとって、教皇の署名の前に通る最後の部署だったからである。
訳注:the Apostolic dataria(教皇庁掌爾院)は、教皇庁の五つの事務局Ufficii di Curia の一つであり、1967年にパウロ6世によって廃止された。
その後、国内外への対応を処理するために国務省が大きくなり、それに応じて書記の仕事をする省庁chancelleryと事務局dataryは衰退していった。その一方で、親族枢機卿(cardinal nephew)*という地位が生まれ、しばらくの間は国務長官をしのいだ。cardinal nephewという職務がなくなるまで、国務長官に枢機卿がなることはなかった。この他の事例を詳しく知りたい人は、私の著書“Inside the Vatican: The Politics and Organization of the Catholic Church”(「バチカンの内幕:カトリック教会の政策と組織」1998/2 )の第5章を参照されたい。
訳注:A cardinal-nephew (Latin: cardinalis nepos; ) 教皇の伯父(叔父)または親族で枢機卿に挙げられた人。中世に生まれた制度で16世紀から17世紀にかけて最盛期であった。
もしも、教会の組織は独自で不変のものだという考え方が、世の中や歴史を知らない為だとしたら、教会の統治について考える手掛かりとして、現代の市民社会を参考にするのが最も理に叶っている。
バチカンは、コンピューターやファックス、インターネットといったテクノロジーに関しては、既に遅まきながら、そして渋々ながらも手をつけてきた。コンピューターは、ドイツとアメリカの若い司祭たちが、バチカンに配属されたときに持ち込んだ。Peter's Pence*の事務局が、国務省からファックス購入の承認を得られなかったときには、(ワシントンの)セオドア・マカリック大司教が、担当司祭に買い与えたこともあった。
訳注:Peter's Pence :カトリック教会を金銭的に援助するボランティア組織。8世紀ごろイギリスで始まり各国に広がった。ピオ9世によって正式認可された。
今では、コンピューターはすっかり行き渡り、バチカンは自身のドメイン名の拡張子(va)を持っている。教皇はツイッターをやり、また、人々は携帯電話に"Pope App"(教皇のアプリケーション)をダウンロードすることも出来る。
教皇フランシスコのもとで、現代の商習慣がようやくバチカンにまで到達し、バチカン銀行やバチカン財政の改革に手がつけられた。これらの改革に対しては、抵抗や騒ぎが起きたが、いまは収まりつつあるようだ。
しかし、政治構造はどうだろうか? 教会はこれら(上記改革)から学ぶことができるだろうか。
現在の教皇庁の組織は、現代の政治機構よりも宮廷に似たつくりになっている。司教と枢機卿たちは、昔の王侯貴族のように絶対君主の統治を助ける立場だ。これに代わる現代的な方法はあるのだろうか?考えられるモデルを四つ挙げてみる。(他にもあるに違いないが・・・)
第一のモデルは、「王 / 首相」の形態である。この場合、王は霊感とビジョンの与え手として一致の生ける象徴であり、実務を遂行するのは首相である。政府関係者たちは首相に業務報告を行う。英国のように強力な二大政党制をとる政体は、このモデルに従うことが多い。
ベネディクト16世の下で国務長官だったタルチジオ・ベルトーネ枢機卿は、自らをこのモデルにおける首相と見なしていた。彼の仕事ぶりはひどいものだったと言う人は多いが、それ故にこのモデルが無価値だと決めつけることはできない。
世俗世界ではこの形態が時と共に進化して、王が行っていた首相の任命が、選挙形式へと変わって行った。しかしバチカンの国務長官の任命は選挙ではないので、そうはならなかった。しかし、読者にもしも遊び心があるなら、バチカンの国務長官が司教団の選挙によって選ばれるというまた別の世界を想像してみてはどうだろう。
第二のモデルは、首相はいるとしても、首相から独立した権力基盤を持つ強力な内閣制度である。実務を遂行するためには閣内での合意が必要となる。イスラエルのような多数政党の連立政府がしばしばこのモデルを採用する。バチカン官僚の多くも、この形態を好む。この形態によって官僚はより権力を持つことができ、教皇に直接近づく機会が多くなるからである。弱い国務長官と弱い教皇の下では、バチカンはこのような形で運営されることが多い。
第三のモデルは、アメリカ合衆国のように、議会とは別に独自に選挙で選ばれた強い大統領を持つ。彼は内閣の閣僚を指名し、解任することもできる。また彼に助言し、内閣運営の手助けをする個人的なスタッフ(補佐官)がいる。多くの点で教皇庁の組織に精通していたパウロ6世は、このモデルに倣って、ジョバンニ・ベネリ大司教を自分の首席補佐官に任命した。しかし、ほとんどの教皇はそのように現場で陣頭指揮を執るだけの専門知識も時間も持ち合わせていない。
そして第四のモデルだが、政治体制は中央集権制と連邦制の二つに分けられる。中央集権の政治体制ではすべての権力が国の中央に集中し、連邦制においては権力は分散する。司教協議会にもっと権力を与える場合は連邦制のモデルに倣うことになる。司教団を多国籍企業の支店長のように扱うなら、それは中央集権のモデルへの道をたどることになる。
教会統治について考えるとき、だれもが世俗社会の統治についての自分の経験を持ち込む。ヨーロッパ人は、どちらかといえば「絶対君主と首相」のモデルに親しんでいる。アメリカ人は、南北両大陸のどちらでも、大統領制により馴染んでいる。教皇フランシスコは、教皇の統治にアルゼンチン風の趣を持ち込むのだろうか?若き日の教皇は、アルゼンチン大統領フアン・ペロン*の支持者であったが、神学校に入ってからは二度と支持することはなかった。
訳注:Juan Domingo Perón (1895 - 1974)は、アルゼンチンの軍人、政治家。大統領に3回当選したが、独裁者と呼ばれたこともあり、アルゼンチン国内でもその評価は分かれる。ペロンの支援者「ペロニスタ」が母体となった正義党は、現在でも同国内で大きな影響力を持っている。
アメリカのカトリック信者は、自分たちの経験からして、なかなか教皇制度を理解できないことは確かだ。例えば、わたしたちは、教皇が新任されると、合衆国の選挙の後のように各省庁の長官をすべて解任し、自らの息のかかった人たちを据えるのかと思う。しかし、フランシスコはそうはしなかった。それはヨハネ・パウロ2世も同じだった。彼の場合、バチカンのトップ官僚をすべて交代させるのに7年もかけている。
私たちの政治形態をそう簡単に教会に移し替えることはできない。実のところ、これらの政治形態は世俗社会でも完全に機能している訳ではないのである。しかし、教皇制度の改革を考えるときには、それらのモデルが、わたしたちの思考を解き放つ上で、有用な役割を果たしてくれるだろう。
以 上
Political models for the papacy
Thomas Reese | Aug. 29, 2014 | NCR(National Catholic Reporter)
[Jesuit Fr. Thomas Reese is a senior analyst for NCR and author of Inside the Vatican: The Politics and Organization of the Catholic Church. His email address is treesesj@ncronline.org. Follow him on Twitter: @ThomasReeseSJ.]
Defenders of the status quo in church governance often say, "The church is not a democracy," with the implication that the church can learn nothing from civil governments. The truth is that the church has been borrowing government structures from civil society almost from the beginning.
In fact, we know that bishops, including the bishop of Rome, were elected by the people in the early days of the church. Later in Rome, the Roman Senate was sometimes involved in selecting popes prior to the creation of the College of Cardinals.
Not surprisingly, the cardinals for many centuries saw themselves as successors to the Roman Senate, and until the revision of the Code of Canon Law in 1983, the College of Cardinals was referred to in church law as a senate. During some periods, the cardinals were so powerful that the pope could not do anything without their approval.
The Greek and Latin origin of many church terms reveals their political origins. "Ecclesia," the Greek term we translate as "church" was a common term for an assembly, or a gathering of people in a public place. "Diocese" was a territorial division in the Roman Empire. "Curia" was the Roman Senate or where it met. "Dicastery" was a court or judgment hall.
訳注:The Roman Congregations are a type of dicastery (department with a jurisdiction) of the Roman Curia, the central administrative organism of the Catholic Church. (From Wikipedia)
Historically, the church changed its governance structures to match changes in civil society. Thus, by the 13th century, the Vatican had an Apostolic Chancellery, which matched the chancelleries in European countries. The chancellery handled appointments of bishops and abbots as well as bulls and rescripts.
Before becoming pope, John XXII (1316-1344) had been chancellor to the French king. He used his expertise in organizing the chancellery to handle papal business.
In later papacies, the Apostolic Datary became important because this was the last stop for any document before it was signed by the pope.
The decline of the chancellery and datary corresponded to the rise of the Secretariat of State to deal with both domestic and foreign correspondence. Meanwhile there arose the position of cardinal nephew who for awhile eclipsed the chief secretary. The secretary of state was not made a cardinal until the office of cardinal nephew disappeared. For more examples, see chapter 5 of my book Inside the Vatican: The Politics and Organization of the Catholic Church.
訳注: datary is (Roman Catholicism) an officer in the Roman Catholic Church who dispensed benefices
訳注:A cardinal-nephew (Latin: cardinalis nepos; ) is a cardinal elevated by a Pope who is that cardinal's uncle, or, more generally, his relative. The practice of creating cardinal-nephews originated in the Middle Ages, and reached its apex during the 16th and 17th centuries.[
If thinking that church structures are unique and unchanging is naive and historically ignorant, it makes perfect sense to look at contemporary civil society to get ideas about church governance.
The Vatican already did this, slowly and reluctantly, in terms of technology like computers, faxes, and the Internet. Computers were first brought to the Vatican by young priests from Germany and the United States when they were assigned to the Vatican. When the Peter's Pence office could not get approval from the Secretariat of State to buy a fax machine, then Archbishop Theodore McCarrick bought one and gave it to the priest in charge.
訳注:Peter's Pence is payment made voluntarily to the Roman Catholic Church. It began under the Saxons in England and is seen in other countries. Pope Pius IX formalized the practice of lay members of the church – and "other persons of good will" – providing financial support to the Roman See.
訳注:Theodore Edgar McCarrick (born July 7, 1930) is an American Cardinal of the Roman Catholic Church. He served as Archbishop of Washington from 2001 to 2006, and was elevated to the cardinalate in 2001.
Now computers and fax machines are pervasive, the Vatican has its own domain name extension (va), the pope tweets, and you can download a "Pope App" to your cell phone.
Modern business practices have finally made it to the Vatican under the papacy of Pope Francis with the reforms of the Vatican bank and Vatican finances. There has been much kicking and screaming in response to these reforms but they seem to be taking hold.
But what about political structures? Can the church learn from these?
The papacy is currently organized more like a royal court than like any modern government. Bishops and cardinals, like nobles and princes of old, help the monarch rule. Are there modern alternatives?
Here are four possible models (I am sure there are more):
First, there is the king/prime minister model. Here the king is the living symbol of unity who provides inspiration and vision while the prime minister actually gets things done. Everyone in the government reports to the prime minister. Governments with a strong two-party system like Great Britain often follow this model.
Cardinal Tarcisio Bertone, the secretary of state under Benedict XVI, saw himself as the prime minister under this model. Many people believe he was terrible at the job, but that does not invalidate the model.
In the secular world, this model evolved over time until the appointment of the prime minister by the crown is a pro-forma recognition of election results. Since the Vatican secretary of state is not elected, this could not happen. But if you want to have some fun, imagine an alternative universe where the secretary of state was elected by the college of bishops.
A second model may have a prime minister, but it also has a strong cabinet of ministers who have power bases independent of the prime minister. In order to get things done you need consensus within the cabinet. Governments like Israel with multiple parties often follow this model. Many Vatican officials like this model because it gives them more power and more direct access to the pope. The Vatican often operates like this under weak secretaries of state and weak popes.
A third model has a strong president elected independently from the parliament, as in the U.S. He appoints and can fire people in the cabinet. He would have a personal staff who advises him and helps supervise the cabinet. In many ways, Paul VI, who intimately knew the curia, followed this model with Archbishop Giovanni Benelli as his chief of staff, but most popes do not have the expertise or time to be such a hands-on administrator.
Fourth, governments can be divided between those that are unitary and those that are federal. In unitary governments, all power is in the national capitol, while in federal systems, power is dispersed. Giving more power to bishops' conferences follows the federal model. Treating bishops as branch managers of a multinational corporation follows the unitary model.
In approaching church governance, everyone brings their own experience of secular governance. Europeans are much more familiar with monarchs and prime ministers. Americans, both north and south, are more familiar with presidents. Will Pope Francis bring an Argentine flavor to governance of the papacy? As a young man he was a supporter of Argentine President Juan Peron, but once in the seminary, he never voted again.
Certainly U.S. Catholics have a hard time understanding the papacy because of our own experience. For example, we would expect a new pope to fire all the department heads and bring in his own people as happens after a U.S. election. Francis has not done that. Neither did John Paul II, for whom it took seven years to replace all the top officials in the Vatican.
Our political models are not easily transferable to the church. After all, they don't work perfectly in civil society either. But they do stretch our minds when thinking about the reform of the papacy, and that is useful.
http://ncronline.org/blogs/faith-and-justice/political-models-papacy